救急車に運ばれました…野良犬(旅人)の原点@20才

こんにちわ!

世界の野良犬こと、さわです!

 

■さて、今日お伝えしたい内容は、

私がいまこうやって「ビジネス」をしながら「旅」をする生き方になった、

その経緯の元でもある「原点」をお伝えしたいと思います。


━━━━━━━━━━━━━━━━

「長旅」することになった出来事とは?

━━━━━━━━━━━━━━━━



私もまだ自分の自己実現にほど遠い時期、

勝手な妄想と偏見だったのですが…



ビジネスで上手くいってる人って、

全ての出来事がスムーズで順調だったり、



成績がよかったり、

特別な才能があったり、

ポジティブ思考だったりと…



そんなイメージを抱いておりました。

※当時の完全なる妄想と高い壁です。



自分自身、酷いくらいに…

そして、とても悲しくなるくらい、

不遇で報われない時期もありました(笑)




■まあ結論を言うと、

色々な経験を分析した結果…



みんながみんな、

全てが順調に進んでいないことがわかりました。

※たくさん失敗してる人こそ成功してます



何をやっても全く上手くいかない、

報われないのは「自分だけではない」と。



★逆に多くの人が良くいう言葉…

「ピンチのときこそ、最大のチャンス!」



起きていることには全て

プラスになる意味=「糧」があるのです。



━━━━━━━━━━━━━━━━ 

10年前、 救急車に運ばれたんです…。 

━━━━━━━━━━━━━━━━ 


私が地元の北海道から、

誰も知り合いのいない東京へ進出し…



その後、

自分でビジネスをやるきっかけになったり、

たくさん旅したいと思うようになったのは…



親に無理をお願いし、

東京都新宿区のとある某服飾専門学校へ

3年間通わせてもらったことです。 



当時、その専門学校は

周りとの「競争意識」が激しい環境でした。




ここで学んだこと、多くの体験、経験が

私の人生で今、大きな財産になってます。 



在学中は、

「日本一のデザイナーになりたい!」

「世界で有名になりたい!」



…周りの勢いに圧倒され続け、

専門学校2年生の時。



私はいつしか精神的に疲れてしまい、

授業中、激しい腹痛で、

身動きがとれなくなったのです。



そして私は、床にぶっ倒れました…。



周りがギャーギャー叫んでいた様子は、

耳に入ってきました。



その後、救急車で運ばれ…

一日入院をしました。



ストレスが原因で、

かなり身体にダメージを与えていたのです。 


万全ではなかったのですが、

点滴してもらい、翌日なんとか退院しました。

でも精神的にも体力的にもフラフラです。




そんな体調のことよりも、

とにかく学校の授業が気がかりで…



課題をやらないといけない気持ち

ばかりが自分を焦らせていました。



しかしその後、家に帰り、

自分自身の考えを見つめ直す

時間を初めてゆっくり作りました。




余談ですが、救急車に乗った時、

意識はしっかりあったので覚えているのですが、



自分の「名前と出身地」を聞かれるという噂は本当でした(笑) 


━━━━━━━━━━━━━━━━ 

退院して気付いたこと… 

このまま他人と比較し続けたら、 

間違いなく死ぬ。 

━━━━━━━━━━━━━━━━ 


競争意識の中、

私には強烈なプレッシャーと、



芸術性が非常に高い

学校の人間と価値観が合わず…



人間関係にも嫌気がさし、

ストレス満載の日々でした。



「ナンバー1になってナンボ」

の価値意識が漂っていて…

マジでもう、精神的に限界でした。



当時、人生初めての登校拒否を経験しました。



「もう、課題と授業についていけない」



一週間ひきこもり…

部屋のカーテンを閉め切って、

ご飯も食べす、 意味不明に寝続けました。 



※ひとつ理由があるなら、

学校の課題があり過ぎて、

今までゆっくり寝ることがなかったのです。



ガチでちゃんと相談できる

友達、知人も全然いないと言うか、

単に自分が嫌われていました。




当時、信頼できる唯一の相談相手は「親」でした。



もう、本音をぶっちゃけよう… 


━━━━━━━━━━━━━━━━ 

どうにかして、この状況を打破したい。

救われた、親からの「一言」 

━━━━━━━━━━━━━━━━



いまでも当時の記憶を鮮明に覚えてます。



本気で自分自身で今後の判断ができす限界で、

将来、ビジョンなどが見えなくなっていました。



「この先、一体何をすればいいんだろう。。。」



今でこそ、〈自分の夢=理想の生き方〉



私で言うと、

「好きな時に好きなだけ旅し続ける」

スタイルになりましたが、



当時の自分には、

まだまだそんな意識や感覚がなく…



と言うか、

日本人の価値観的なものでもありますが、



「夢」=「なりたい職業」

と言うものがあります。 




つまり、当時の私の夢は

「ファッションデザイナー」だったので、



学校の授業についていけない

=夢が叶えられない

と言う認識だったのです。



「何か助言が欲しい…」 

そう思い、親に電話したのです。



安くない授業料、無理を承知でお願いし、

その結果、東京に送り出してくれた親に本気で申し訳ない。



そんな気持ちも当然ありながらですが…。




私「もう、学校の授業限界かも…」



親「そこまで無理して頑張らなくても

いいんじゃないの?

学校以外で好きなことはないの?」



親からの助言で…

すごく単純な一言、二言だったのですが。



この言葉が自分を追いつめていた

鬱病に近い精神状態を打破できる

きっかけになったのです。



その時ふと思い出したのですが、

「単車(バイク)に乗りたい」

と言う想い(興味)が以前からありました。 



「時間が出来たら、いつか乗りたい。」

それくらいしか頭にはなかったのですが。




当時の私にはもうこれくらいしか

生きるモチベーションはありませんでしたので、

なんとか立ち上がろうと必死でした。



そのひとつの希望を実現させるために、

なんとか重い腰を上げて行動を始めました。



学校には行かなかったのですが、

バイトとヤフオク(Yahoo!オークション)で稼いで貯めたお金と、

不足分は親に借金をし…

一点集中の気合いで短期間で免許を取得しました。



そして、ニーハン(250cc)の

中古のヤマハのアメリカン「ビラーゴ」を買いました。

一括18万円即金です!



当時の私にとってはこれが限界の金額で、

この時点での人生最大の買い物をしました。




毎晩のように、何十キロ、何百キロと、、、

都内の道や関東近辺をバイクで走り回りました。 



意味不明のようにただただ走るのが楽しかったのです!

…夜が明けて、朝になり、家に帰ってそのまま寝る。



そして夕方起きてシャワーを浴びて、

ケータイと財布だけを持って単車をひたすら乗り回す毎日!




「もっと遠くまで、長旅(ツーリング)してみたい…

オレの今やりたいことはこれかも!?」




そう思ってからはとにかく行動と判断が早く、

ほぼ無意識の状態で本屋さんに向かい、

日本全国道路マップをすぐに購入したのです。

※カーナビなんて当時は高くて変えませんでしたw




バイトとヤフオクでできる限り、

引き続きお金を稼ぎ、旅の資金を貯めることにしました。 



いつ旅立つかは…

夏休みに決定!



…そして、再度学校にも復活し、

お金を稼ぎながら、寝る間も惜しんで

遅れていた課題を気合いでこなしました。



クオリティは別として、

このときはとにかく終わらす事だけに集中しました。




そして、念願であった、

「日本縦断バイクツーリングの旅」に出たのです。



北海道〜鹿児島まで、

高速は使わず、下道(国道)オンリー!

お金を節約するために人生初の野宿も経験!



2ヶ月に渡る長期間の旅は人生初めてです。



予算に関しては、宿代は野宿なので基本0円!



ガソリン代、食費、お菓子代、

ちょっとした観光地の入場料、

一日一回どこかで入っていた温泉代…



1日3000〜4000円くらいでほぼ実現可能です。



※たまにフェリー代や、

オイル交換代はかかりましたが。



沖縄以外は46都道府県制覇しました!

別な機会に沖縄は現地で

レンタルバイクをして旅済みです。



もうそれから、

長ーい期間の旅好きになり…



自分の永遠のテーマである、

「好きなときに好きなだけ旅したい!」



この人生以外あり得ないでしょ!

って感じになってしまったのです。



競争社会に疲れた精神的ピンチと、

親からの助言がなければ…



いまの自分は本気で

存在しなかったかもしれません。 




…私はその後、社会人になり、

ギャル服をメインに作成するアパレルの会社へ、

設計の仕事(=パタンナー)で就職しました。 



※1年後、色々あって、

自主退社をすることになりました(笑)



仕事は他に、

□関東近辺で通信事業の営業

□全国の家電量販店へ出張の仕事

□運送業者の荷物の仕分けのバイト

□バイク便と言うメッセンジャー

□ヨド◯シカメラの携帯コーナー販売員

□日本た◯◯産業と言う某有名企業

などなど…



全力でやってみるものの…

自分には向いていない。と、

その仕事に楽しみが見つからなければ即自主退社。




派遣で期間限定で仕事、

その繋ぎで時にはアルバイトと言った感じで…



このような短期間での仕事の変え方が、

いまのフットワークの軽さに大きく影響しています。



ひとつの仕事や手段に特化し過ぎず、

色々チャレンジするスタイルでした。




何度も転職とご縁、紹介などで

5年間サラリーマンを経験しました。



最後は突然のクビで強制終了でしたけど(笑)



━━━━━━━━━━━━━━━━

常に思うのがピンチはチャンスであり、 

自分が生まれ変われる「最大のチャンス」 

━━━━━━━━━━━━━━━━


そして、私の現状を伝えに…

先日、専門学校に突撃訪問しました。



これもふと、思い立った行動です。



そして、当時通っていた学校へ、

お世話になった担任の先生に、



10年ぶりに挨拶と、

感謝の気持ちを伝えてきました。 



迷惑かけたことも一緒に。

救急車のことも覚えてくれてました(笑)



当時学んでいた教育の延長とは全く違う状況…

つまり、「旅しながら仕事してること」



こんな近況を先生に伝えると、

本気で謎な生き方?と不思議がっていました!



ですが、挨拶しに来てくれたことを

とても喜んで受け入れてくれました!



10年ぶりにお会いした、

先生もとても元気そうであり、 



「やりたいことやって食べて、

生きてるだけで幸せでしょ!」と仰っていました。



本当にその通りだと思います。 



私は今、好きな事が仕事になっている

この現状は毎日幸せと感じることができてます。



旅しながらこうやってMacを開いて、

情報配信ビジネスをしていることが、

お金になっている現状ですから。



私が10年前に東京に進出し、

色々経験させてもらい…



そして、自分の夢を明確にしてくれた環境。 

自分の原点を大事にしたいと思いました。



今の自分の価値が多くの人に対して

発信できるようになったきっかけであり、



もちろんその他にも

たくさんの経験や出会いがあってのこと。



「旅をし続けたい」と思った

一見それと関係なさそうな原点である

当時の学校の環境と経験に感謝。



プロデュースしてくれた親に、 

私に関わってくれている全ての方に、 



今このメッセージを

読んでくれているあなたにも感謝!



この感謝の気持ちを忘れずに、

また新しい一歩を常に全力で楽しみます。



色んな経験をした中で、

私には他人と争う「競争」意識は

全然合わないと思いました。



今の私は同じ「キョウソウ」ではありますが、

お互い助け合って価値を高め合って成長していく

「共創」意識スタイルが理想です。



これは現在、お互いビジネスをサポートし合う、

「共存ビジネス」のスタイルとも置き換えられます。



全て自分だけで解決する必要はなく、

お互いの得意分野や得意技、

これらをお互い活かし合うのが理想なわけです。

 

以上、野良犬の原点です!

お読み頂きありがとうございました!

サブコンテンツ

お名前(必須)


メアド(必須)


go top